昨日CNNでオバマ氏のスピーチを見た。
なんか、マーチンルーサーKING。JR, MALCOM Xのスピーチをみているようだった。
暗殺されなければいいけど。
いや、オバマのスピーチは立派だった。 でも立派すぎて・・・・。 怖い。
2008年2月10日日曜日
30歳スキルなし職歴なしが就職するには
俺が一年前、海外で就職しようとして、自分のキャリアではまともな就職口がないことを感じ、絶望した。
かといって、日本で就職する気もない。 できれば海外で就職したい。
しかも営業以外の仕事。 これは絶対である。 営業職=ブラックであることは過去2回辛酸を舐めさせられた経験から学習した。
就職したい。 できれば正社員で働きたい。 でも営業職みたいなブラック職業は絶対に避けたい。
なぜ、正社員がよいか。 カネがちょっと高いというのもある。 しかし、この際カネではない。 問題は長く働けるかどうか。これが問題である。
正社員で雇われても、長く続けることができないような激務の場合は、すぐやめるので、事実上、派遣社員よりもっとひどい。 しかも、精神的にもつらい。
営業職は今や人気が最低の職種になった。(w
しかし、無能な会社は手っ取り早く売り上げを伸ばすために、営業職を雇いたがる。
本当はよりよい商品をよりやすい値段で販売できるような努力をすればいいのにね。
もう、土台が腐っているから、営業部隊で押し売りするしか能がない。
アホでもできる営業。 未来がない。
みんな営業はいやだ。 でも、就職しようと求人誌を開くといっつも「営業職大特集」
で、マスコミは非正規雇用は社会のクズとばかりにあおる。 正社員ではないと未来はないと。
正社員になりさえすればOKみたいに、大企業であればOKみたいにあおる。
そして、いやいやながら、「派遣よりマシだから」と営業職になるのが被害の始まり。
営業なんて何年、何十年やってもキャリアにはならない。 だってアホでもできるんだもん。
だから、営業職だけは、いつでも未経験者歓迎である。
たしかに、そんな営業の世界でよい成績を残し、幸せなやつは一握りはいると思う。
しかし、他の人々は屍の山である。
私は中学のころから「孫子」を愛読している。 孫子の繰り返し伝えていることは「勝ちやすい状態で勝つことに意味がある」ということである。 勝てる可能性が薄い勝負で勝つのはあまり意味がないどころか、愚かなことである。と述べている。
そういう考えからいうと、営業職は愚かな職業である。
しかし、現実を考える。 実際に普通の人間。 普通の学歴で、普通の能力の人間。 そんな人間は普通の職業に就けるはずなのに、
残されているものは底辺職業しかない。
実際には正社員は営業職のみ
派遣社員は 工場
この2つの選択しかなかった。 もちろん、他にもいろいろな職業がある。 マックのバイトとか、ラーメン屋とか。
しかし、現実的に自給800エンでは生活ができない。
現実的に手取りで20万くらいは取れないと生活ができないのだ。
思えばそんな状況に俺はいた。
なにがいけなかったのだろう。 俺は目の前の問題に対して真剣に取り組んできた。そして解決してきた。 決してサボっていたわけではない。
それが、そんな俺の世間の評価は最低。
こんなはずでは・・・・・・。
俺は何ができる。 人より何が優れている? これから、これからがんばりますということはもういえない。 もう俺は30である。
もう何かを達成してなければならない年である。
コンピュータに詳しい。 英語が話せる。 これくらいか。
しかし、それをとーやって証明する。
コンピュータも英語も詳しいやつ、できるやつは本当にすごいレベルである。 そんなやつ等と戦えるほどの自信はなかった。
そこである。だから俺は凡人なのだ。 そんなやつ等にならなければだめなのだ。
確かに、一見俺より能力が低そうなやつがいいポジションに就いている。 しかし、それは学生時代からそうであった。俺よりアホな奴が合格点をもらっているときに俺は落第点であったこともなんどもあった。 つまり、認識しよう。「人は俺が嫌いということを」
ということで、あいまいな、個人の思い込みが評価に及ぶような分野ではどーやっても評価されない。
たとえば、俺が絵を書いたとしよう。 それがすばらしい絵でも、 評価する奴は「だめ」と言える。
また、逆も同じ。 どんな下らぬ絵でもすばらしいと言える。
そういう土俵で戦うのはだめだ。
しかし、テストの点数は絶対である。 価値観の違いなどというふざけたズルはできない世界。 厳しい世界。本当にできる奴ができる世界。
そういう厳しい世界こそ、俺のような不当に低い評価を受けてきた奴が自分を実現できる唯一の場所なのだ。
あいまいな世界で不当にGOODな評価を得られればそれにこしたことはないが、残念ながら、俺はかわいくないらしい。
ということで、俺はTOEICの勉強を去年約一年やっていた。
営業をやっている俺の友人にそのことを話すと。
彼はやっかみを言ってきた。 芥川のくもの糸のように、自分と同じと思っていた底辺の住人が上層にいこうとすると本能的にそれを阻止したくなるらしい。
15年も付き合ってきた彼とはそのことで絶交している。 いまでも。
そんなことをやっても、結局お前は30過ぎなんだから、まともな就職できないって。
なんで、営業じゃだめなんだ!
日本でうまくいかないんだから、タイでうまくいくわけがない。
それは、能力がなくて、そして挑戦する勇気もなくて、努力からも逃げてきて。 そんな彼は絶望的な日常に「耐える」ことしかできなくて、
そういう人間は、それが最低の生活とわかっていても現状を肯定しないと生きて行けないのである。 それが最低とわかっていながら、他に挑戦できない自分。そんな情けない自分はみとめるわけにいかないのである。 努力は一番いやだ。 いかに努力から避けながらプライドを保つか。 そういうことだから、彼のようになる。俺の親父もそうであった。
借金で首の回らない奴も同じ。 自分は返せないほどの借金をしてしまったということをわかっているが認める勇気もない。
そうなると、借金をしている現状を肯定しだす。 「TJさん、なに小さいこといっているんですか、仕事で返せばいいでしょうが」とか、自分でも実現不可能とわかっているホラをいいだす。しかも、それにはプライドがかかっているので、なんど否定しても必死で食い下がる。 どうやってもつらい状況であるにもかかわらず・だ。
クズと話していると本当に反吐が出る。
そういう時には頭をひっぱたいてやるのが一番なのだが、もう成人した人間にそれもできない。 下手をすれば喧嘩になってしまう。
・・・・・・・・・つまり、俺はTOEICをがんばった。 というかというか、就職をするには、志望している職業に関連した職歴をアピールするか、高学歴をアピールするか、資格、免許でアピールするかである。
職歴は、営業と工場のライン工の職歴しかない。あとパチンコ屋。 まさに敗者の職歴。
資格については、簡単な資格などアピールにもならないことがよーくわかった。 だいたい3ヶ月とか勉強しただけで、取れてしまう資格などどーってことない。
雇う側になって考えてみればいいことだ。
そうなると、俺の中で最高のキャリアを積んだ学問っていうのは英語である。 英語は何年もやっている。
パソコンより英語でアピールするのが手っ取り早い。
なにを言われても、家族に煙たがれてもがんばった。 海外で就職すると言って出て行ったそれまで数年職に就いてなかった息子がまた海外より帰ってきて、やっと国内で就職するとおもったら、「俺はまだまだなので、勉強する」といって、部屋にこもってしまったのだから。 実際、どうにもならなくて、引きこもる逃げ口上だと思ったと親は言っていた。
これで俺の能力が優れていることを証明できないとそれは、俺が人より優れていない証明である。取り柄がない証明。取り柄がないのだから、特別な待遇など期待しない。 そうしたら納得して、底辺で生きることを覚悟していた。 底辺しか生きられないなら、下手な希望は捨てよう。 つらいだけだ。そして、底辺でしか生きられない現状を認め、生きてゆこうと。
いつまでたっても、「未経験者OK、学歴不問」みたいな職業で、十杷一絡げで扱われてもそこには不幸がまっていることに予想は容易であったし、そこに落ちてしまったら、そこから抜け出せない。 また、どんなキャリアを身に着けて、どんなキャリアがある人でもそこには帰れる。 とにかく、全力で挑戦してみようと思った。
かといって、日本で就職する気もない。 できれば海外で就職したい。
しかも営業以外の仕事。 これは絶対である。 営業職=ブラックであることは過去2回辛酸を舐めさせられた経験から学習した。
就職したい。 できれば正社員で働きたい。 でも営業職みたいなブラック職業は絶対に避けたい。
なぜ、正社員がよいか。 カネがちょっと高いというのもある。 しかし、この際カネではない。 問題は長く働けるかどうか。これが問題である。
正社員で雇われても、長く続けることができないような激務の場合は、すぐやめるので、事実上、派遣社員よりもっとひどい。 しかも、精神的にもつらい。
営業職は今や人気が最低の職種になった。(w
しかし、無能な会社は手っ取り早く売り上げを伸ばすために、営業職を雇いたがる。
本当はよりよい商品をよりやすい値段で販売できるような努力をすればいいのにね。
もう、土台が腐っているから、営業部隊で押し売りするしか能がない。
アホでもできる営業。 未来がない。
みんな営業はいやだ。 でも、就職しようと求人誌を開くといっつも「営業職大特集」
で、マスコミは非正規雇用は社会のクズとばかりにあおる。 正社員ではないと未来はないと。
正社員になりさえすればOKみたいに、大企業であればOKみたいにあおる。
そして、いやいやながら、「派遣よりマシだから」と営業職になるのが被害の始まり。
営業なんて何年、何十年やってもキャリアにはならない。 だってアホでもできるんだもん。
だから、営業職だけは、いつでも未経験者歓迎である。
たしかに、そんな営業の世界でよい成績を残し、幸せなやつは一握りはいると思う。
しかし、他の人々は屍の山である。
私は中学のころから「孫子」を愛読している。 孫子の繰り返し伝えていることは「勝ちやすい状態で勝つことに意味がある」ということである。 勝てる可能性が薄い勝負で勝つのはあまり意味がないどころか、愚かなことである。と述べている。
そういう考えからいうと、営業職は愚かな職業である。
しかし、現実を考える。 実際に普通の人間。 普通の学歴で、普通の能力の人間。 そんな人間は普通の職業に就けるはずなのに、
残されているものは底辺職業しかない。
実際には正社員は営業職のみ
派遣社員は 工場
この2つの選択しかなかった。 もちろん、他にもいろいろな職業がある。 マックのバイトとか、ラーメン屋とか。
しかし、現実的に自給800エンでは生活ができない。
現実的に手取りで20万くらいは取れないと生活ができないのだ。
思えばそんな状況に俺はいた。
なにがいけなかったのだろう。 俺は目の前の問題に対して真剣に取り組んできた。そして解決してきた。 決してサボっていたわけではない。
それが、そんな俺の世間の評価は最低。
こんなはずでは・・・・・・。
俺は何ができる。 人より何が優れている? これから、これからがんばりますということはもういえない。 もう俺は30である。
もう何かを達成してなければならない年である。
コンピュータに詳しい。 英語が話せる。 これくらいか。
しかし、それをとーやって証明する。
コンピュータも英語も詳しいやつ、できるやつは本当にすごいレベルである。 そんなやつ等と戦えるほどの自信はなかった。
そこである。だから俺は凡人なのだ。 そんなやつ等にならなければだめなのだ。
確かに、一見俺より能力が低そうなやつがいいポジションに就いている。 しかし、それは学生時代からそうであった。俺よりアホな奴が合格点をもらっているときに俺は落第点であったこともなんどもあった。 つまり、認識しよう。「人は俺が嫌いということを」
ということで、あいまいな、個人の思い込みが評価に及ぶような分野ではどーやっても評価されない。
たとえば、俺が絵を書いたとしよう。 それがすばらしい絵でも、 評価する奴は「だめ」と言える。
また、逆も同じ。 どんな下らぬ絵でもすばらしいと言える。
そういう土俵で戦うのはだめだ。
しかし、テストの点数は絶対である。 価値観の違いなどというふざけたズルはできない世界。 厳しい世界。本当にできる奴ができる世界。
そういう厳しい世界こそ、俺のような不当に低い評価を受けてきた奴が自分を実現できる唯一の場所なのだ。
あいまいな世界で不当にGOODな評価を得られればそれにこしたことはないが、残念ながら、俺はかわいくないらしい。
ということで、俺はTOEICの勉強を去年約一年やっていた。
営業をやっている俺の友人にそのことを話すと。
彼はやっかみを言ってきた。 芥川のくもの糸のように、自分と同じと思っていた底辺の住人が上層にいこうとすると本能的にそれを阻止したくなるらしい。
15年も付き合ってきた彼とはそのことで絶交している。 いまでも。
そんなことをやっても、結局お前は30過ぎなんだから、まともな就職できないって。
なんで、営業じゃだめなんだ!
日本でうまくいかないんだから、タイでうまくいくわけがない。
それは、能力がなくて、そして挑戦する勇気もなくて、努力からも逃げてきて。 そんな彼は絶望的な日常に「耐える」ことしかできなくて、
そういう人間は、それが最低の生活とわかっていても現状を肯定しないと生きて行けないのである。 それが最低とわかっていながら、他に挑戦できない自分。そんな情けない自分はみとめるわけにいかないのである。 努力は一番いやだ。 いかに努力から避けながらプライドを保つか。 そういうことだから、彼のようになる。俺の親父もそうであった。
借金で首の回らない奴も同じ。 自分は返せないほどの借金をしてしまったということをわかっているが認める勇気もない。
そうなると、借金をしている現状を肯定しだす。 「TJさん、なに小さいこといっているんですか、仕事で返せばいいでしょうが」とか、自分でも実現不可能とわかっているホラをいいだす。しかも、それにはプライドがかかっているので、なんど否定しても必死で食い下がる。 どうやってもつらい状況であるにもかかわらず・だ。
クズと話していると本当に反吐が出る。
そういう時には頭をひっぱたいてやるのが一番なのだが、もう成人した人間にそれもできない。 下手をすれば喧嘩になってしまう。
・・・・・・・・・つまり、俺はTOEICをがんばった。 というかというか、就職をするには、志望している職業に関連した職歴をアピールするか、高学歴をアピールするか、資格、免許でアピールするかである。
職歴は、営業と工場のライン工の職歴しかない。あとパチンコ屋。 まさに敗者の職歴。
資格については、簡単な資格などアピールにもならないことがよーくわかった。 だいたい3ヶ月とか勉強しただけで、取れてしまう資格などどーってことない。
雇う側になって考えてみればいいことだ。
そうなると、俺の中で最高のキャリアを積んだ学問っていうのは英語である。 英語は何年もやっている。
パソコンより英語でアピールするのが手っ取り早い。
なにを言われても、家族に煙たがれてもがんばった。 海外で就職すると言って出て行ったそれまで数年職に就いてなかった息子がまた海外より帰ってきて、やっと国内で就職するとおもったら、「俺はまだまだなので、勉強する」といって、部屋にこもってしまったのだから。 実際、どうにもならなくて、引きこもる逃げ口上だと思ったと親は言っていた。
これで俺の能力が優れていることを証明できないとそれは、俺が人より優れていない証明である。取り柄がない証明。取り柄がないのだから、特別な待遇など期待しない。 そうしたら納得して、底辺で生きることを覚悟していた。 底辺しか生きられないなら、下手な希望は捨てよう。 つらいだけだ。そして、底辺でしか生きられない現状を認め、生きてゆこうと。
いつまでたっても、「未経験者OK、学歴不問」みたいな職業で、十杷一絡げで扱われてもそこには不幸がまっていることに予想は容易であったし、そこに落ちてしまったら、そこから抜け出せない。 また、どんなキャリアを身に着けて、どんなキャリアがある人でもそこには帰れる。 とにかく、全力で挑戦してみようと思った。
Problems
今、タイの友人宅にいる。 今日から2連休なので思い切ってアユタヤからバンコクにやってきた。
暇だから、インターネットをしようと思い、
彼女のPCから打っているが、英語キーボード&英語WINDOWSという環境。
そんなこちらのPCでは日本語環境の最初からインストールしてある機種でしか日本語を打ったことがない。
ようするに、英語キーボードは使えるが、日本語がインストールしてある英語キーボードのパソコンでしか使えないということ。
しかし、現在のような環境に直面してみると、やるっきゃない。 ・・・・・。 できた。 英語WINDOWSでも日本語が打てるようになった。
やればできるもんだ。
しかし、英語キーボードで日本語を打つのは非常につかいずらい。特にエンターキーが小さいのと、無変換キー、それから次候補キーがないのが非常にやりにくい。
スペースキーがでかいのはいいことだとおもうし、英語は確かにちょっとうちやすいかもしれないけどね。
日本にいるやつで、日本語しか打たないにもかかわらず、英語キーボードのほうが使いやすいなんていっている人がいるけど、なんか、素直にみとめられん。実際に使いずらいし、高いにもかかわらず
MACを賞賛し、WINDOWSを批判する天邪鬼みたいに見てしまう。 実際にLINUXや、MACですべてを済ましているやつなんて見たことないよ。
タイの文化は本当にクロスカルチャーというか、ミックスカルチャーである。
こちらはスポーツは普通にイギリスのプレミアリーグなんてみているし、日本のようにローカルな国内リーグではあまり関心がないようだ。 と思ったら、実際にまともな国内リーグはないようだ。
日本でも国内リーグに興味がない俺はどうでもいいことだが。
タイで働いている日本人の特におっさん世代は、日本を必要以上に美化している。 遠き故郷の記憶がいい事しか残っていないのか、タイはだめな国、あほなやつ等ばっか、
日本人は素直、優秀、気遣いができる。 という非常に都合のよい記憶になっている。 それと比べ、タイの現状を嘆くのだが、実際に、俺は日本の方がひどいと思うし、先も真っ暗だと思う。
特に、日本は国民性がひどい。 あと、サービス業主体の産業構造も、グローバル企業ばかりを擁護し、国内需要を無視した経済政策を採った結果の内需の冷え込んだ現在とミスマッチしている。 で、最悪なのは、サービス業というのは実際には無形の産業なので、キャリアとして評価されにくく、現在のような不況で余裕のない状況ではどうにも転職もむずかしく、またそういう人間が多い。 人の数は変わらず、産業のマーケットは縮小するという状況にあれば、一人一人の分け前が減る。 恐ろしい断末魔の叫びが海外に逃亡した先まで聞こえてくる、日本を脱出できてよかったと思うとともに、大企業の優先政策、優勝劣敗を押しし進めることが結局国民の幸せになると説いた小泉政権からの「改革」、結果、株が高くなって、でも、一部の富裕層を生み出し同時にそれ以上の貧困層が増えた。 そして、さらに現在、株は下がり、貧困は増え続け、失業者はひきこもり、勝ち組なんていうのは、事実上の一部の国に優遇政策を取られている優良企業正社員という名の幹部候補か、役人。 体感的には60%は「ワーキングプア」と呼ばれる非正規雇用である。 でも、いまだに総中産階級の団塊の世代の見栄もあり、まともな職業についていないとに、その子孫達は結婚もできず。 だから、実際は後先考えずに子作りする「できちゃった結婚」するアホたちが大半。 残りは「うち等はまだ大丈夫」の中産階級以上のいまだ夢を見える層か。
そして、「私が悪うございました」と、自身の劣悪な環境に対し自己責任論をそのまま受け入れ不満、不平すらもたない素直な奴隷たち。
現在の自分たちの私利私欲のためだけに行動して、先のことなどどうでもいい。 当たり前だけど、貧困層のことなどどうでもいい。 そんな政治家、役人、財界。
日本が崩れていくなんてわかりきっていた。 「それでも、外国よりマシ」と日本語が使えるのみというメリットだけでまだマシといえる時代は終わってきた。
もう自己擁護も無理になってきた。 マスコミ、政治家もね。
今の日本を見ていると、先の大戦で、大本営発表を鵜呑みにしつづけ、敗戦その日まで、日本の勝利を信じて疑わなかった国民はまったく成長していないのではないのかとおもってしまう。
戦争を経験した老人は「実際によく考えてみるとおかしかったんだよ。 だって、町にアメリカの飛行機が来て爆弾はバンバンおとすし、勝っているわけがないんだよね。 でも国が
勝っているというからね。信じていたんだよ。」
借金がたくさんあって、それでも国債を発行し続けて、で、年金も受給者と支払い者のバランスがつりあわないで、それでもまだ大丈夫といっている国民とかぶる。
実際には、借金もここに来て、もう無視ができない状態になってきて、いままでは、借金を借金で返済するようなことをやってきたけど、ここにきて、ガソリン税、消費税、高速料金など国は国民からいかにしてカネを徴収するか必死である。
ここにきて、原油急騰。 食料もジリジリとあがってきている。 インフレだ。 でも、給料は上がらない。
上がった分はすべて外国に消える。 スタッグフレーションである。 まだ給料とともに物価も下がっていたデフレスパイラルのほうが公平感といういみではよかった。
高度経済成長を経て、その余裕からサービス業(実際には販売業と営業、受付など)が拡大。 そしてそれが実際に大半の国民の職になった現在。
たしかに、それは社会に必要とされている。=マーケットがあった。 ということとともに、誰でも就業できる、特にスキルを求められない。ということが大きかった。
だから、多くの人がそういう職業に就いた。
でも、実際に内需が冷え込むとそのマーケットが縮小する。
しかし、今のところ誰も営業職や販売員の絶望的な状況は声高に叫ばない。
常に弱者として俎上にあげられるのは、非正規雇用である。 しかし、それは士農工商であると俺は思う。
実際にはその大半を占める農民の不満を紛らわすため、商人や、職人を形式的に下にしたが、実際は農民が一番ワリを喰っていたということだ。
実際には、日曜日も土曜日も、サービス出勤を強要され、サービス残業あたりまえ、上司が帰るまで帰れない。 という営業職こそが一番の問題だとおもうし、それに気づかなければ真の意味での幸福な社会はやってこない。
組合も営業職を無視してやっているようじゃだめだ。
アホなことに営業に就いてるやつは「工員よりまだまし」と思っているやつらが多い。 江戸時代から底辺は進歩していない。 実際、職業選択の自由が許されている現在でもこうなのだから、望みのないポジションでも状況の変化は恐ろしいのか。
暇だから、インターネットをしようと思い、
彼女のPCから打っているが、英語キーボード&英語WINDOWSという環境。
そんなこちらのPCでは日本語環境の最初からインストールしてある機種でしか日本語を打ったことがない。
ようするに、英語キーボードは使えるが、日本語がインストールしてある英語キーボードのパソコンでしか使えないということ。
しかし、現在のような環境に直面してみると、やるっきゃない。 ・・・・・。 できた。 英語WINDOWSでも日本語が打てるようになった。
やればできるもんだ。
しかし、英語キーボードで日本語を打つのは非常につかいずらい。特にエンターキーが小さいのと、無変換キー、それから次候補キーがないのが非常にやりにくい。
スペースキーがでかいのはいいことだとおもうし、英語は確かにちょっとうちやすいかもしれないけどね。
日本にいるやつで、日本語しか打たないにもかかわらず、英語キーボードのほうが使いやすいなんていっている人がいるけど、なんか、素直にみとめられん。実際に使いずらいし、高いにもかかわらず
MACを賞賛し、WINDOWSを批判する天邪鬼みたいに見てしまう。 実際にLINUXや、MACですべてを済ましているやつなんて見たことないよ。
タイの文化は本当にクロスカルチャーというか、ミックスカルチャーである。
こちらはスポーツは普通にイギリスのプレミアリーグなんてみているし、日本のようにローカルな国内リーグではあまり関心がないようだ。 と思ったら、実際にまともな国内リーグはないようだ。
日本でも国内リーグに興味がない俺はどうでもいいことだが。
タイで働いている日本人の特におっさん世代は、日本を必要以上に美化している。 遠き故郷の記憶がいい事しか残っていないのか、タイはだめな国、あほなやつ等ばっか、
日本人は素直、優秀、気遣いができる。 という非常に都合のよい記憶になっている。 それと比べ、タイの現状を嘆くのだが、実際に、俺は日本の方がひどいと思うし、先も真っ暗だと思う。
特に、日本は国民性がひどい。 あと、サービス業主体の産業構造も、グローバル企業ばかりを擁護し、国内需要を無視した経済政策を採った結果の内需の冷え込んだ現在とミスマッチしている。 で、最悪なのは、サービス業というのは実際には無形の産業なので、キャリアとして評価されにくく、現在のような不況で余裕のない状況ではどうにも転職もむずかしく、またそういう人間が多い。 人の数は変わらず、産業のマーケットは縮小するという状況にあれば、一人一人の分け前が減る。 恐ろしい断末魔の叫びが海外に逃亡した先まで聞こえてくる、日本を脱出できてよかったと思うとともに、大企業の優先政策、優勝劣敗を押しし進めることが結局国民の幸せになると説いた小泉政権からの「改革」、結果、株が高くなって、でも、一部の富裕層を生み出し同時にそれ以上の貧困層が増えた。 そして、さらに現在、株は下がり、貧困は増え続け、失業者はひきこもり、勝ち組なんていうのは、事実上の一部の国に優遇政策を取られている優良企業正社員という名の幹部候補か、役人。 体感的には60%は「ワーキングプア」と呼ばれる非正規雇用である。 でも、いまだに総中産階級の団塊の世代の見栄もあり、まともな職業についていないとに、その子孫達は結婚もできず。 だから、実際は後先考えずに子作りする「できちゃった結婚」するアホたちが大半。 残りは「うち等はまだ大丈夫」の中産階級以上のいまだ夢を見える層か。
そして、「私が悪うございました」と、自身の劣悪な環境に対し自己責任論をそのまま受け入れ不満、不平すらもたない素直な奴隷たち。
現在の自分たちの私利私欲のためだけに行動して、先のことなどどうでもいい。 当たり前だけど、貧困層のことなどどうでもいい。 そんな政治家、役人、財界。
日本が崩れていくなんてわかりきっていた。 「それでも、外国よりマシ」と日本語が使えるのみというメリットだけでまだマシといえる時代は終わってきた。
もう自己擁護も無理になってきた。 マスコミ、政治家もね。
今の日本を見ていると、先の大戦で、大本営発表を鵜呑みにしつづけ、敗戦その日まで、日本の勝利を信じて疑わなかった国民はまったく成長していないのではないのかとおもってしまう。
戦争を経験した老人は「実際によく考えてみるとおかしかったんだよ。 だって、町にアメリカの飛行機が来て爆弾はバンバンおとすし、勝っているわけがないんだよね。 でも国が
勝っているというからね。信じていたんだよ。」
借金がたくさんあって、それでも国債を発行し続けて、で、年金も受給者と支払い者のバランスがつりあわないで、それでもまだ大丈夫といっている国民とかぶる。
実際には、借金もここに来て、もう無視ができない状態になってきて、いままでは、借金を借金で返済するようなことをやってきたけど、ここにきて、ガソリン税、消費税、高速料金など国は国民からいかにしてカネを徴収するか必死である。
ここにきて、原油急騰。 食料もジリジリとあがってきている。 インフレだ。 でも、給料は上がらない。
上がった分はすべて外国に消える。 スタッグフレーションである。 まだ給料とともに物価も下がっていたデフレスパイラルのほうが公平感といういみではよかった。
高度経済成長を経て、その余裕からサービス業(実際には販売業と営業、受付など)が拡大。 そしてそれが実際に大半の国民の職になった現在。
たしかに、それは社会に必要とされている。=マーケットがあった。 ということとともに、誰でも就業できる、特にスキルを求められない。ということが大きかった。
だから、多くの人がそういう職業に就いた。
でも、実際に内需が冷え込むとそのマーケットが縮小する。
しかし、今のところ誰も営業職や販売員の絶望的な状況は声高に叫ばない。
常に弱者として俎上にあげられるのは、非正規雇用である。 しかし、それは士農工商であると俺は思う。
実際にはその大半を占める農民の不満を紛らわすため、商人や、職人を形式的に下にしたが、実際は農民が一番ワリを喰っていたということだ。
実際には、日曜日も土曜日も、サービス出勤を強要され、サービス残業あたりまえ、上司が帰るまで帰れない。 という営業職こそが一番の問題だとおもうし、それに気づかなければ真の意味での幸福な社会はやってこない。
組合も営業職を無視してやっているようじゃだめだ。
アホなことに営業に就いてるやつは「工員よりまだまし」と思っているやつらが多い。 江戸時代から底辺は進歩していない。 実際、職業選択の自由が許されている現在でもこうなのだから、望みのないポジションでも状況の変化は恐ろしいのか。
2008年1月21日月曜日
2008年1月20日日曜日
2008年1月15日火曜日
2008年1月13日日曜日
未経験ですが、生産管理ポジションで採用されました。
ただ営業、接客がいやだという理由で就職活動をしていた。
工場で働いた経験がある。 工場での流れ作業。 たしかに肉体的にはつらいところがあったが、上からのオーダーに沿って黙々と製品を作る。 面白くない。やりがいは無かったが、理不尽なことを言われたり、ダラダラとサービス残業をすることは無かったので、
客が来ない、売り上げが上がらないというだけで、責任を押し付けられる販売業よりはマシだと思った。
売り上げが上がらない、上がったら上がったで、さらに上の目標を押し付けられる。 結局ずーっとエンドレスタダ働き。 サービス残業、サービス出勤。 これを自主的に強制される。 こんな世界からは逃げ出したかった。
求人を見れば、ここタイでも日本でも営業の仕事ばかりが目に付く。 他にもあるだろうが、それらは実際には高い技術、知識、経験を求められたりする、一般的ではない求人である。
ふつうの人、フツウの若者が当てはまる求人というのは80%が接客、営業職だ。
実際世の中は営業職以外の人間も多く働いている。 営業職以外は皆スペシャリストでなければならないか。 否。
おいしい仕事は長く続けられる。 だから皆辞めない。 ポジションの空きができたとしてもも高いカネを払い求人雑誌に載せるなんてしなくても、適当に周りの人に頼めばやりたい人などカンタンに探せる。
だから、コネなんかでカンタンに手に入る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 行き詰っていた。
とにかく、工場で働こうと思った。
なんとか、今回の職場で働き口が見つかった。 生産管理という仕事。
ボクの会社には
イギリス人の社長
日本人の工場長
そしてオレ。
その下に、タイ人のワーカーたち。
タイ人のワーカーたちも単純作業をしている人が80%
あとの20%はタイ人の管理をしている人々。 コンピュータなんか使って生産を管理したり
部下の勤務時間を管理したりしている。
そんななかでオレは何をすればいいか?
まったくわからない。 一人取り残されている。
勤務中は仕事っていう仕事も与えられないので、ネットで会社のことを調べたりしている。
こんなことで1週間が過ぎた。
工場長が言うには、 生産計画を作ったり、新しい製品の図面から量産体制を組んだり、新しい製品の開発をしたりすることも仕事という。 CADや、EXCELなんか使って。 なんか出来る気がしない。
ワタシニはできないかもしれない。
心が折れました。 ということで、ストレスたまりまくり、不安でいっぱいです。
とりあえず、「いやならいつでも辞めてやる!」ということ。
それから、「とりあえずの目標として、試用期間の3ヶ月を耐え抜くこと」これである。
そんななか、おととい、タイ人のワーカーから日本語で書いてある仕様書の翻訳を頼まれたときは本当にうれしかった。
タイ人のトップらしき人間は英語がすこしわかるので、英語で翻訳してあげた。
そして、いつでも聞いてくれよ! と言った。
あと、ほっとするのは、帰りはタイ人ワーカーたちと一緒の乗り合いバンで帰るのだが、このときは楽しい。
そう。 オレに欲しいのは友人なのだ。
たしかにカタチは会社の管理職。
だから、会社内でおおっぴらに従業員と戯れるわけにはいかない。
だけど、帰りのバスの中なんかでは気持ちも緩む。 経営者の目も無い。
それから、近所の食堂の子供とも仲良くなった。
35くらいのお母さんがやっている食堂。 10歳の娘がいつもいるんだけど。
その子が学校で日本語を習っている。 で、オレにいろいろ話しかけてくるんだけど、ちょっとづつ教えている。
もちろん、オレも彼らにはタイ語で話すわけで。
Si vis pacem, para bellum――和を求めるなら戦に備えよ
小飼弾がインタビューで使っていた言葉。
なんていい言葉だと思った。
会社人間になれないし、なりたくない俺。
でも会社で働くには会社に溶け込まないといけないオレ。
長く続けたいからこそ、長く続けられない。 辞めた後のことを考える。
人間関係も自分の将来もなにもかも会社に依存してしまっては、逆に会社の思うが侭となるし、会社に否定されれば自分立つ瀬がなくなる。
日本社会はまさにそうで、だから、会社人間を量産するし、他の社会との接触も許さない。
付き合い、このくらい出来ないと相手にされない。といって、酒、ゴルフ、パチンコに強要
そうやって、貯金をむしり取る。
人に一目置かれないと出世ができない。生き残れないと競争心を煽られ、見栄で高級車、ケータイ電話。 ブランド。
そうやって、カネをむしり取る。
サービス残業、サービス出勤で、会社以外の社会との関係をむしり取る。
そうやって人を奴隷化する。
もう会社の思うがままである。
貯金をしたい、金をためたいから、付き合えないなどと言おうものなら、「オマエなにを心配しているんだ!?」 などと、牽制する。 牽制して、カネを使わせようとする。
仕事もカンタンな仕事でも「まだ早い」などといって、なかなか教えようとしない。
戦の備え。
兵器は
・知識、経験(これがあれば職業の鞍替えが容易になる)
・貯金(これがあれば、会社を辞めて収入が途絶えても怖くはない)
・会社以外の人間関係(自分の居所が会社で否定されても不安にならなくて住む)
オレはこの言葉を最近知ったが、
これこそ、今のオレは念頭において忘れてはならない格言だ。
Si vis pacem, para bellum――和を求めるなら戦に備えよ
工場で働いた経験がある。 工場での流れ作業。 たしかに肉体的にはつらいところがあったが、上からのオーダーに沿って黙々と製品を作る。 面白くない。やりがいは無かったが、理不尽なことを言われたり、ダラダラとサービス残業をすることは無かったので、
客が来ない、売り上げが上がらないというだけで、責任を押し付けられる販売業よりはマシだと思った。
売り上げが上がらない、上がったら上がったで、さらに上の目標を押し付けられる。 結局ずーっとエンドレスタダ働き。 サービス残業、サービス出勤。 これを自主的に強制される。 こんな世界からは逃げ出したかった。
求人を見れば、ここタイでも日本でも営業の仕事ばかりが目に付く。 他にもあるだろうが、それらは実際には高い技術、知識、経験を求められたりする、一般的ではない求人である。
ふつうの人、フツウの若者が当てはまる求人というのは80%が接客、営業職だ。
実際世の中は営業職以外の人間も多く働いている。 営業職以外は皆スペシャリストでなければならないか。 否。
おいしい仕事は長く続けられる。 だから皆辞めない。 ポジションの空きができたとしてもも高いカネを払い求人雑誌に載せるなんてしなくても、適当に周りの人に頼めばやりたい人などカンタンに探せる。
だから、コネなんかでカンタンに手に入る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 行き詰っていた。
とにかく、工場で働こうと思った。
なんとか、今回の職場で働き口が見つかった。 生産管理という仕事。
ボクの会社には
イギリス人の社長
日本人の工場長
そしてオレ。
その下に、タイ人のワーカーたち。
タイ人のワーカーたちも単純作業をしている人が80%
あとの20%はタイ人の管理をしている人々。 コンピュータなんか使って生産を管理したり
部下の勤務時間を管理したりしている。
そんななかでオレは何をすればいいか?
まったくわからない。 一人取り残されている。
勤務中は仕事っていう仕事も与えられないので、ネットで会社のことを調べたりしている。
こんなことで1週間が過ぎた。
工場長が言うには、 生産計画を作ったり、新しい製品の図面から量産体制を組んだり、新しい製品の開発をしたりすることも仕事という。 CADや、EXCELなんか使って。 なんか出来る気がしない。
ワタシニはできないかもしれない。
心が折れました。 ということで、ストレスたまりまくり、不安でいっぱいです。
とりあえず、「いやならいつでも辞めてやる!」ということ。
それから、「とりあえずの目標として、試用期間の3ヶ月を耐え抜くこと」これである。
そんななか、おととい、タイ人のワーカーから日本語で書いてある仕様書の翻訳を頼まれたときは本当にうれしかった。
タイ人のトップらしき人間は英語がすこしわかるので、英語で翻訳してあげた。
そして、いつでも聞いてくれよ! と言った。
あと、ほっとするのは、帰りはタイ人ワーカーたちと一緒の乗り合いバンで帰るのだが、このときは楽しい。
そう。 オレに欲しいのは友人なのだ。
たしかにカタチは会社の管理職。
だから、会社内でおおっぴらに従業員と戯れるわけにはいかない。
だけど、帰りのバスの中なんかでは気持ちも緩む。 経営者の目も無い。
それから、近所の食堂の子供とも仲良くなった。
35くらいのお母さんがやっている食堂。 10歳の娘がいつもいるんだけど。
その子が学校で日本語を習っている。 で、オレにいろいろ話しかけてくるんだけど、ちょっとづつ教えている。
もちろん、オレも彼らにはタイ語で話すわけで。
Si vis pacem, para bellum――和を求めるなら戦に備えよ
小飼弾がインタビューで使っていた言葉。
なんていい言葉だと思った。
会社人間になれないし、なりたくない俺。
でも会社で働くには会社に溶け込まないといけないオレ。
長く続けたいからこそ、長く続けられない。 辞めた後のことを考える。
人間関係も自分の将来もなにもかも会社に依存してしまっては、逆に会社の思うが侭となるし、会社に否定されれば自分立つ瀬がなくなる。
日本社会はまさにそうで、だから、会社人間を量産するし、他の社会との接触も許さない。
付き合い、このくらい出来ないと相手にされない。といって、酒、ゴルフ、パチンコに強要
そうやって、貯金をむしり取る。
人に一目置かれないと出世ができない。生き残れないと競争心を煽られ、見栄で高級車、ケータイ電話。 ブランド。
そうやって、カネをむしり取る。
サービス残業、サービス出勤で、会社以外の社会との関係をむしり取る。
そうやって人を奴隷化する。
もう会社の思うがままである。
貯金をしたい、金をためたいから、付き合えないなどと言おうものなら、「オマエなにを心配しているんだ!?」 などと、牽制する。 牽制して、カネを使わせようとする。
仕事もカンタンな仕事でも「まだ早い」などといって、なかなか教えようとしない。
戦の備え。
兵器は
・知識、経験(これがあれば職業の鞍替えが容易になる)
・貯金(これがあれば、会社を辞めて収入が途絶えても怖くはない)
・会社以外の人間関係(自分の居所が会社で否定されても不安にならなくて住む)
オレはこの言葉を最近知ったが、
これこそ、今のオレは念頭において忘れてはならない格言だ。
Si vis pacem, para bellum――和を求めるなら戦に備えよ
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