2008年2月10日日曜日

30歳スキルなし職歴なしが就職するには

俺が一年前、海外で就職しようとして、自分のキャリアではまともな就職口がないことを感じ、絶望した。
かといって、日本で就職する気もない。 できれば海外で就職したい。
しかも営業以外の仕事。 これは絶対である。 営業職=ブラックであることは過去2回辛酸を舐めさせられた経験から学習した。

就職したい。 できれば正社員で働きたい。 でも営業職みたいなブラック職業は絶対に避けたい。

なぜ、正社員がよいか。 カネがちょっと高いというのもある。 しかし、この際カネではない。 問題は長く働けるかどうか。これが問題である。

正社員で雇われても、長く続けることができないような激務の場合は、すぐやめるので、事実上、派遣社員よりもっとひどい。 しかも、精神的にもつらい。

営業職は今や人気が最低の職種になった。(w

しかし、無能な会社は手っ取り早く売り上げを伸ばすために、営業職を雇いたがる。
本当はよりよい商品をよりやすい値段で販売できるような努力をすればいいのにね。

もう、土台が腐っているから、営業部隊で押し売りするしか能がない。
アホでもできる営業。 未来がない。

みんな営業はいやだ。 でも、就職しようと求人誌を開くといっつも「営業職大特集」

で、マスコミは非正規雇用は社会のクズとばかりにあおる。 正社員ではないと未来はないと。
正社員になりさえすればOKみたいに、大企業であればOKみたいにあおる。

そして、いやいやながら、「派遣よりマシだから」と営業職になるのが被害の始まり。

営業なんて何年、何十年やってもキャリアにはならない。 だってアホでもできるんだもん。
だから、営業職だけは、いつでも未経験者歓迎である。

たしかに、そんな営業の世界でよい成績を残し、幸せなやつは一握りはいると思う。
しかし、他の人々は屍の山である。

私は中学のころから「孫子」を愛読している。 孫子の繰り返し伝えていることは「勝ちやすい状態で勝つことに意味がある」ということである。 勝てる可能性が薄い勝負で勝つのはあまり意味がないどころか、愚かなことである。と述べている。

そういう考えからいうと、営業職は愚かな職業である。 

しかし、現実を考える。 実際に普通の人間。 普通の学歴で、普通の能力の人間。 そんな人間は普通の職業に就けるはずなのに、
残されているものは底辺職業しかない。 

実際には正社員は営業職のみ
派遣社員は 工場

この2つの選択しかなかった。 もちろん、他にもいろいろな職業がある。 マックのバイトとか、ラーメン屋とか。
しかし、現実的に自給800エンでは生活ができない。

現実的に手取りで20万くらいは取れないと生活ができないのだ。

思えばそんな状況に俺はいた。

なにがいけなかったのだろう。 俺は目の前の問題に対して真剣に取り組んできた。そして解決してきた。 決してサボっていたわけではない。

それが、そんな俺の世間の評価は最低。

こんなはずでは・・・・・・。
俺は何ができる。 人より何が優れている? これから、これからがんばりますということはもういえない。 もう俺は30である。
もう何かを達成してなければならない年である。

コンピュータに詳しい。 英語が話せる。 これくらいか。

しかし、それをとーやって証明する。
コンピュータも英語も詳しいやつ、できるやつは本当にすごいレベルである。 そんなやつ等と戦えるほどの自信はなかった。

そこである。だから俺は凡人なのだ。 そんなやつ等にならなければだめなのだ。

確かに、一見俺より能力が低そうなやつがいいポジションに就いている。 しかし、それは学生時代からそうであった。俺よりアホな奴が合格点をもらっているときに俺は落第点であったこともなんどもあった。 つまり、認識しよう。「人は俺が嫌いということを」

ということで、あいまいな、個人の思い込みが評価に及ぶような分野ではどーやっても評価されない。
たとえば、俺が絵を書いたとしよう。 それがすばらしい絵でも、 評価する奴は「だめ」と言える。
また、逆も同じ。 どんな下らぬ絵でもすばらしいと言える。
そういう土俵で戦うのはだめだ。

しかし、テストの点数は絶対である。 価値観の違いなどというふざけたズルはできない世界。 厳しい世界。本当にできる奴ができる世界。

そういう厳しい世界こそ、俺のような不当に低い評価を受けてきた奴が自分を実現できる唯一の場所なのだ。
あいまいな世界で不当にGOODな評価を得られればそれにこしたことはないが、残念ながら、俺はかわいくないらしい。

ということで、俺はTOEICの勉強を去年約一年やっていた。

営業をやっている俺の友人にそのことを話すと。
彼はやっかみを言ってきた。 芥川のくもの糸のように、自分と同じと思っていた底辺の住人が上層にいこうとすると本能的にそれを阻止したくなるらしい。
15年も付き合ってきた彼とはそのことで絶交している。 いまでも。

そんなことをやっても、結局お前は30過ぎなんだから、まともな就職できないって。
なんで、営業じゃだめなんだ!
日本でうまくいかないんだから、タイでうまくいくわけがない。

それは、能力がなくて、そして挑戦する勇気もなくて、努力からも逃げてきて。 そんな彼は絶望的な日常に「耐える」ことしかできなくて、
そういう人間は、それが最低の生活とわかっていても現状を肯定しないと生きて行けないのである。 それが最低とわかっていながら、他に挑戦できない自分。そんな情けない自分はみとめるわけにいかないのである。 努力は一番いやだ。 いかに努力から避けながらプライドを保つか。 そういうことだから、彼のようになる。俺の親父もそうであった。

借金で首の回らない奴も同じ。 自分は返せないほどの借金をしてしまったということをわかっているが認める勇気もない。
そうなると、借金をしている現状を肯定しだす。 「TJさん、なに小さいこといっているんですか、仕事で返せばいいでしょうが」とか、自分でも実現不可能とわかっているホラをいいだす。しかも、それにはプライドがかかっているので、なんど否定しても必死で食い下がる。 どうやってもつらい状況であるにもかかわらず・だ。

クズと話していると本当に反吐が出る。

そういう時には頭をひっぱたいてやるのが一番なのだが、もう成人した人間にそれもできない。 下手をすれば喧嘩になってしまう。

・・・・・・・・・つまり、俺はTOEICをがんばった。  というかというか、就職をするには、志望している職業に関連した職歴をアピールするか、高学歴をアピールするか、資格、免許でアピールするかである。
職歴は、営業と工場のライン工の職歴しかない。あとパチンコ屋。 まさに敗者の職歴。
資格については、簡単な資格などアピールにもならないことがよーくわかった。 だいたい3ヶ月とか勉強しただけで、取れてしまう資格などどーってことない。
雇う側になって考えてみればいいことだ。
そうなると、俺の中で最高のキャリアを積んだ学問っていうのは英語である。 英語は何年もやっている。
パソコンより英語でアピールするのが手っ取り早い。


なにを言われても、家族に煙たがれてもがんばった。 海外で就職すると言って出て行ったそれまで数年職に就いてなかった息子がまた海外より帰ってきて、やっと国内で就職するとおもったら、「俺はまだまだなので、勉強する」といって、部屋にこもってしまったのだから。 実際、どうにもならなくて、引きこもる逃げ口上だと思ったと親は言っていた。
これで俺の能力が優れていることを証明できないとそれは、俺が人より優れていない証明である。取り柄がない証明。取り柄がないのだから、特別な待遇など期待しない。 そうしたら納得して、底辺で生きることを覚悟していた。 底辺しか生きられないなら、下手な希望は捨てよう。 つらいだけだ。そして、底辺でしか生きられない現状を認め、生きてゆこうと。 

いつまでたっても、「未経験者OK、学歴不問」みたいな職業で、十杷一絡げで扱われてもそこには不幸がまっていることに予想は容易であったし、そこに落ちてしまったら、そこから抜け出せない。 また、どんなキャリアを身に着けて、どんなキャリアがある人でもそこには帰れる。  とにかく、全力で挑戦してみようと思った。

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