学校では「君は勉強ができないな」と言われた場合は、勉強をすればその評価は挽回できた。
また、勉強の仕方ってのは教師が教えてくれた。 教師が教えなくとも、教科書には書いてあった。
今日「君はスキルがないな」と言われた場合、スキルを身に付ける方法は誰も教えてくれない場合が多いばかりか、求められるスキルがある人間はその社内や、身近に存在しない場合がほとんどである。
また、スキルのある人間が身近にいた場合も彼らは絶対にスキルを教えてくれはせぬ。
昔は終身雇用ってものが確立されていて、それを当たり前だと思っていたから、
会社って学校の延長線上だった。
だから、会社ってのは大きな家族みたいなもので、新入社員ってのはいわば子供。
だから、子供が聞いた事を当たり前のように親が教えるように、上司が部下を教育していた。
終身雇用制が崩壊した今、上司と部下の間、社員同士の間に愛は無くなった。
上司は部下に対して技術を教えない。
教えなくなった。 持っているスキルを伝授することでスキルの無い社員の評価は上がる一方でスキルのある人間の評価は相対的に下がる。
教えないで、部下に対して「スキル」を要求する。 スキルの無い人間にスキルを要求し続ける事で、持たざるものに対しての優位は保持し続けられる。
また、スキルが身に付いた社員に対してはそれをなかなか認めない。
まぁボクがたまに言われる「英語だけできたって・・・・・」とか「それくらいのコンピュータ知識はだれだって出来る」といった具合に
だから、どうやってもその社員を認めざるを得ないくらいの、手が届かないようなスキルでもない限り、身につけても評価の対象にはならない。
でも、会社はスキルを社員に求める。 社員を否定するファクターとして・・・・。
・・・・・・。だから、君は認められない、だから、給料も上げられない。
ようするに、従業員の給料など上げたくはないわけで、社員を認めるということはそれだけ高い給料を払わなければならないわけで、認めるわけにはイカンのだ。
でも、本音ではスキルのある人間を求め、会社のよりいっそうの効率化を図るという二律背反がここにある。
今日、教育というと、上司が部下を生意気な事を言わないように威嚇することのみを指すようになってしまった。
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