学校を卒業した今でも英語を勉強しているのは、異国が大好きということで、人生の節目には外国に行っている。というか、外国に行くことが人生の節目になっている。
先ず一番最初に外国に行ったときは中学卒業後の15歳の時。 フィラデルフィアを目指して行った。
飛行機に乗るのも初めてで、外国人と触れ合う環境にあったわけでもなく、普通の中学を出たばっかりの少年であって、家族にも外国に行くような人間はいなくて・・・。英語だって実践で喋ったことがあったわけではなく、中学でも他のクラスメートと比べて英語が出来たというわけではないばかりか、落ちこぼれの部類であったので今思うと大変な決意と勇気であったと思うけど、当時はそんなことを考えずにただ「
行きたい」という気持ちだけで、後先省みないで行った。 英語もロクに出来ない人間が一人でアメリカに行くってことは結構無謀であると思うし、今でも当時のワタシと同じような行動を起こす人間がいれば止めるか、「誰かしっかりした大人についてゆくように」と言うと思うけど。 しかも当時はインターネットがあるわけでもなく、また、クレジットカードを持っているわけでもなく、財布にはUS$400くらいしか無かった気がする。
本当に無謀であった。 だけど、用意万端で行ったとしたら、その用意に甘えてしまい、肝心の学びってのが疎かになってしまったと思うし、結果としてワタシの場合すごく学べたので留学は成功であったと思う。
フィラデルフィアには直行便も無く、 シアトル、ミネアポリスと2つの空港を経由して行った。
何回か国際便に乗って経験を積んだ今になってみれば航空券のチケットは事前にはバウチャー(引き換え券)のみが航空代理店より与えられ、成田空港で当日に航空会社の発券カウンターに並んでチケットを発券してもらうってことくらい常識なのだけど、 また、最近の格安券ではバウチャーもまた当日発券してもらったりするんだけど。 当時は無知なもんで、また、成田空港までは家族について来てもらったのだけど、家族もそれまでまともに海外に行った事のある人間なんていないのだから、(父ちゃんが会社で旅行に行ったくらい) 本当に手探りであった。
ノースウェスト航空のカウンターで荷物検査を受け、チケットを発券してもらって、出国ゲートに向かうゲートに行く際に父か母か忘れたけど、「これくぐったらもう戻ってこれないんだよ」と言ったんだけど、当人は外国への期待で胸が一杯になっていて、深く考えていなかった。
係員に誘導されるとおり、他の乗客と共に出国検査を受けて出発ロビーに向かうけど、どこに行っていいかわからないので、係員にチケットを見せて誘導してもらって、初めての飛行機に乗った。
飛行機の中はガラガラであって、好きな席に座った。 最初は窓際で外の景色を眺めていたんだけど、それも慣れて来て、真ん中の5座のシートに移動して横になって寝ていた。 10時間以上のフライトだった気がする。 途中外国人スチュワーデスにアメリカの入国フォームを渡され書いていたんだけど、全然英語が読めなくて、辞書を引きながらわからないなりにも埋めたんだけど、それでもわからないところが多かったので、不安になって、乗客のやさしそうな日本人のおじさんに聞いたら親切に教えてくれて本当に助かった。(ありがとう) それから安心して再び、5座のシートに横になってグーグー寝ていた。
何時間か経ってスチュワーデスに着陸が近いと起こされてシアトル空港に着いた。 現地時間の早朝であった。 窓から見る景色は森しか見えなかったけど、それがはじめて見るアメリカの景色で、本当に感動したとともに、とんでも無いところに来てしまったとちょっと不安を感じ始めていた。
シアトルでアメリカ入国審査を受け、
次はミネアポリス空港行きのアメリカ国内便に乗り換えなきゃいけないんだけど、わけが分からず、困っていた。 なんせ言葉なんてほとんど分からない。 アメリカは悪い奴が多いらしいので、安易に他人に聞くわけには行かない。 そもそも、英語で説明されてもわからない。
途方にくれていたら、パイロットみたいな人が近くを通りかかったので、この人は安全と思い必死にパスポートとチケットを見せて騒いでいたら、その人にパスポートとチケットを見てもらって、次の飛行機のゲートに連れて行ってくれた。 (ありがとう)
国内便に無事乗ることが出来てシアトルからミネアポリス空港に着く。 今度の乗り換えはフィラデルフィア行きの飛行機に乗る事なんだけど、これは無事出来て、フィラデルフィアに着いた。
着いた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どうすりゃいいの? これから。
安易に考えすぎていた。 フィラデルフィア空港に着いたら、到着カウンターで適当にワタシの名前のカードでも提示されているものだと思っていたけど・・・・・・。 そんな人いない。
困って3時間くらい空港内をふらふらしていたんだけど、
知り合いなんているわけがない。ホームスティ先の電話番号は知っていたのだけど、
「TJです。はじめまして。 ところですみません。今、空港についたのですけど、アナタの家に行きたいのですけど、どうやって行っていいかわかりません。どうすればいいのでしょうか?」って英語で言いたいのだけど、英語で言えるわけも無く、途方にくれていた。
そうしたらまた、日本語で書いてあるノートを見ている日本人の商社マン風人を見つけた。 ワタシは必死に彼に助けを求め、そして、ホストファミリーに電話をしてもらった。
すると「Billというタクシードライバーがそちらに行っているからそれを捕まえてくれ」ということらしい。
彼に翻訳をしてもらって安心していた。 が・ 商社マンは
おいおい。Billなんていう名前のタクシードライバーなんてたくさんいるぜ! と言われてコトが全然解決していないことに気づく。
彼に手伝ってもらって、空港で館内放送をしてもらって、タクシードライバーBILLが現れた。
そして無事、ホストファミリーに出会えたというわけ。 (商社マンありがとう。)
だから、海外で出会う日本人の人に助けを求められたら出来るだけ協力するようにしている。 特に孤独な少年ならば。 でも、成人はたくさん出会うけど、少年にはあったことないな。

シアトル タコマ 国際空港
ミネアポリス St Paul 空港

フィラデルフィア INT'L 空港